社会不適合休学系大学生のブログ

イトウワタルです。休学してセブ島留学や西日本ヒッチハイク縦断、インド一人旅を経験。ゆるりと眺めてみてね。

最近の大学生は能天気すぎてビビる

こんにちは、最近はぎっちぎちに詰め込まれた大学の講義と、週三で通っているインターンと、迫り来る期末試験の準備ですっかりヘトヘトなイトウです。

 

大学に復学してから早四ヶ月、もうすっかり生活スタイルに慣れ、淡々と日々を送っております。

 

毎朝6時に起きて、勉強や仕事を終えて家に帰るのが21-22時だから、割と忙しい、充実した毎日なのだと思います。

 

基本的に不満はなく、というかあまり考える時間もなくとにかくやるべきことをやっているという塩梅なのですが、その中で最近、改めて強く感じることがあったので、久しぶりにブログを書いています。

 

それは、

 

最近の大学生が能天気すぎる。。。

 

ということであります。

 

「そんなの昔から変わってないよ、大学生ってそういうもんじゃないか」

 

まあ、その意見も分かるのですが、人や物や情報の流れがめちゃくちゃ加速した今、やっぱり昔のようにのんびりしていては危ういと思うのですよ。。。

 

能天気なのか、頭が悪いのか、単に楽観的なのかは定かでないけれど、大学のキャンパスのベンチに座ってぼんやりと風景を眺めている時なんか、特にそう感じざるを得ません。

 

「良い大学に入って、周りと同じように就活をして、一生同じ会社に40年間勤めて、老後は安泰した生活を送る」

 

↑眉唾ですが、こんな未来は僕と同世代の人たちの、ごくほんのわずかしか歩むことのない過去の遺物なのです。まともな人なら、少し頭を捻れば分かると思うのですが。。。

 

日本のGDP成長率はかなり低いですし、生産年齢人口の減少・国内市場の縮小は顕著ですし、莫大な社会保障が国の財政を圧迫しています。

 

確かに1955年-73年の高度経済成長、80年代は、日本は世界有数の経済大国でしたし、かなり強い製造業・工作機械・電機の国際競争力を持っていました。

 

しかしながら、最早日本経済は成熟期にあり、少し先の未来には、衰退期のボーダーラインが地平線上に仄見えるのです。

 

BRICS・東南アジアの経済成長には目を見張るものがあるし、世界のパワーバランスは日々、音を立てて崩れてつつあります。

 

そんな廃れつつある経済大国日本に、僕たちは暮らしているのです。

本当に能天気のままで良いのでしょうか?良いわけがありません。

日本の若者は危機感と当事者意識を持つ必要があると思うのですよ。

そして、賢い情報の取捨選択・正しい知識・適切な判断・行動規範が鍵なのです。

 

僕たちが社会に出て仕事盛りの齢には、海外への出稼ぎがコモディティ化するかもしれません。となると、英語(その他の外国語も含め)を話せることは、さらにアドバンテージになるでしょう。

 

人工知能ブームとIT企業における人材不足は以前続いているので、プログラミングを始めとするITスキルがあれば、少なくともここ何年かはご飯を食べていけるでしょう。

 

"評価経済"という言葉があるように、インフルエンサーであることにも価値があります。職を失って路頭に迷ってしまったとしても、信頼があれば誰かに助けてもらえるだろうし、必要なアイテムは揃っているわけですから、有志を募ってムーブメントを起こすこともできるはずです。

 

とはいえ、「AIが仕事を奪うんだ!」なんて巷で騒がれていますし、各国では小学校におけるプログラミング教育導入が始まっていますし、自動翻訳技術の発達も著しいので、一生安泰かと聞かれると、必ずしもそうとは言えません。

 

あらゆるものは通り過ぎるし、不変であるものなど世の中には殆ど存在しません。

 

では、この激動の時代の中で、いかにして大切な人や場所を守り、飯を食っていけば良いのでしょうか。

 

僕が一番肝要だと思っている事項はシンプルに3つ、

"知識"・"思考"・行動"、これらに尽きます。

 

まずは、真偽のつかない情報が入り乱れる昨今の世の中において、自分の頭で判断・取捨選択し、今の自分に必要な知識を蓄えます。

 

これだけでは受動的になりがちなので、それらを受けて自分なりの、自分に置かれている立場に迎合させながら考えを深めることも同様に大切です。

 

そして頭で理解した後は、とにかく行動に移します。このステップが最も不可欠です。

必ずしも僕たちは夢や、やりたいことや、理想を持つ必要はありません。

結局、日々やキャリアや人生を創るのは行動の集積であるため、とにかくやりたいことでなくやるべきことを断続的に続けることが、先行きの見えない現代社会における唯一のコンパスとなり、僕たちを然るべき場所へと導いてくれるのです。

 

"知識"・"思考"・行動"

 

肝に命じておきたいですね笑

 

まあ、上記のような事項が僕の理想としているところであり、常に意識しながら毎日生きているわけですが。

 

ただ、飲みやサークルで忙しい大学生に訴えかけても馬の耳に念仏。

今は気楽で居られるけれど、先のことを少しは考えたらどうですかね?と愚考しますがね。

 

けれど、今の大学生は少しでも興味のあることにチャレンジしてみることをオススメします。

今自分のいる環境は心地が良いのかもしれないし大事にするのは良いことだと思うけど、コンフォートゾーンから一歩踏み出した先に見える"新たな世界"と出会う可能性を潰すことは賢明な選択ではないのです。

 

ま、中々伝わらないものなんですけどね笑

石橋を丁寧に叩きながら -While knocking on a stone bridge carefully-

 

人はなぜ働くのだろうか?

家族を養うため?趣味にお金をかけるため?仕事を通して自己実現をするため?

全ての考えられうる答えが正しくて、同時に正しくないような気がする。

 

僕は現在、大学に通いながら週3で企業で働かせてもらっている。

働いている時間で見ると、"半社会人"みたいな立場だ。

能力と経験をつけようと思い立ったのが働くことになったきっかけで、責任は背中にずっしりとのしかかっていて確かな質量感を常に感じてはいるけれど、かなり恵まれた環境にいると自覚している。

 

朝起きて、ランニングして、シャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、電車に乗って、大学でなんとなく講義のノートを取って、会社で働いて、終わったら家に帰って寝る。

矢のように過ぎ去っていく日々の中で、疲れの殆ど取れていない体に鞭を打ち続ける毎日の中で、文明社会に生きる人類の命題とも言える"働く意味"についてしばしば考えることがある。

 

週に3日しか働いていない僕が口にするのはおこがましいのかもしれないけれど、"半社会人"として片足を大学側に、片足を会社側に突っ込むことで色々なものが見えてきたような気がするのだ。

 

面白いことに僕の日常は綺麗に区分されていて、平日は大学と会社にいる時間が半分ずつ、土日は完全オフ-日によっては会社に行ったり講義の課題やテスト勉強に追われる時もある-と行った具合だ。基本的には等分されていると言っていい。

 

会社での時間の流れはとにかく早い。やるべきことに追われて、それが決して簡単でないから息を着く時間もあまりない。真面目に働いて、気づいた頃には終業の時間が来ている。

一方で、大学での日々は比較的穏やかである。同級生は来年に就活を控え、いくらか焦燥の気配を感じるけれど、それでも依然のんびりとした日々がそこにはある。

 

この二つの共同体のギャップはいささか大きいため、日によって、時期によって自分の生活スタイルと時間感覚を擦り合わせる必要がある。その慣らしの作業があるいは僕に慢性的な疲労をもたらしているのかもしれない。土日が休みであるとはいえ中々疲れが取れないということも、このある種"時差ボケ"的な現象に起因しているのだろう。

 

いっそ大学の講義だけに集中するか会社でフルタイム勤務してしまおうか!なんて考えたことがない訳ではないが、現実的に難しく、結局今の二重的な生活に落ち着くという訳である。

 

けれど、最も強く感じているのは、少なくとも社会に完全に放り出される前に("半社会人"としてでなく)企業で働く機会を得られて幸運だったということだ。

勤労の具体的なイメージを掴むことができたし、自分自身の適性もいくらか推し量ることができるから。

 

日本の大学生で長期インターンにコミットしている人はマジョリティーではないけれど、なぜ働いたこともない企業・業種にえいやと就職できるのか、僕の目から見ると甚だ疑問でならない。みんなギャンブラー気質なのだろう、きっと、おそらく。

 

僕の場合、幸い博打を行うことなく、石橋を丁寧に叩きながら仕事を選ぶことになりそうなので、より色々な仕事を体験したり、より色々な人と話したりしながら、より考えを深め磐石のものとする必要があるのかもしれない。一番は長い人生における"仕事"の意義だ。簡単に答えは見つからないだろうけれど、輪郭ぐらいはなんとなく目視できるくらいにはっきりさせたい。

 

典型的な大学生活では全くない。サークル合宿に行ったことがなければ、地方から出て来た彼女の家で一夜を過ごしたこともない。こうして文字にして見ると虚しく思えなくもないが、全ては過ぎたことであり、後戻りは決してできない。何事も便宜的に考えなければ、足を絡み取られ、瞬く間に人とモノの流れに取り残されてしまう。

 

とにかく、残りの大学生活でじっくりと、しかし着実に石橋を丁寧に叩きながら、自分なりに働く意味と目的とその具体的手法についてますます考えなければならない。

 

そして全ては陳腐化する-Everything get obsolete.-

天気の良い土曜日、いかがお過ごしでしょうか?

 

僕は勉強の息抜きになんとなく文字を打っています。

 

最近は「語学の西北-スペイン語の窓から眺めた南米・日本文化模様」という本にハマって読みふけっているのですが、これがまた面白いのです。

 

著者は東京外国語大学ラテンアメリカ研究員で、内容としては1990年以前に経験した彼のペルー留学がメイン。

 

スペイン語留学でペルー?

あまりとピンと来ませんね、中米のグアテマラなら分かるけれど。

 

でも、この一風変わった留学生活が、彼自身の独特な感性と文体も相まってめちゃくちゃ面白いのです。

 

ネットもまだなかった時代、今とは全く持って様相が違います。海外電話も高価なので、中々連絡も取れず、日本の情報も入ってこないので、完全に日常から隔絶され、孤独になるのです。

 

こうして寂しさに耐えながらも、勉学に励み、知らない土地を歩き、外見も文化も慣習も違う人たちと日々暮らすわけですから、そりゃ貴重で、時折感慨深く思える、そんな期間になるわけです。

 

かたや今の時代、こと日本においてはほとんどの人がスマートフォンを持っていて、容易に情報にアクセスできるし、連絡も取れます。格安航空会社も今やメジャーになり、海外渡航のハードルもぐっと下がりました。実に便利な時代です。

 

けれど、僕たち人間の選択肢は無限に増え豊かになった一方、昔のような留学、"本当の孤独"を味わうことは二度とできないのだろうと思います。

今と比べて、昔の留学生活は決して便利ではなかった。快適でもなかったし、昔の人たちが現代にタイムスリップしたとしたら、今の僕たちの留学生活を羨ましがるでしょう。

 

また富裕層や有識者だけでなく、誰しもが海外留学や海外旅行へのチケットを手に入れることができるようになり、ある意味で一般化・大衆化・陳腐化しました。

陳腐化することによって、価値は低下し、強い意志を持たない人(正確に推し量ることはできないけれど、ある意味でブランド化・ブームになっている面もあるように思える)でも海外で語学や学問を学ぶようになりました。

 

しかしながら、孤独になり、それでも一人で戦い、多くの人と話し、多くのことを勉強する孤軍奮闘の日々にこそ、多大なる意味があるように思えます。そして、少なくとも現代の僕たちには、そんな経験をすることは二度とできないのです、良い悪いは別として。そして、その他にも沢山の、豊かになったことで失われた価値があるのです。

 

留学予定の人、留学をすでに終えた人、あるいは留学に興味がある人を全員敵に回したいわけじゃないけれど、ふとそんなことを考えました。

 

僕は、人生における大きな決断というのは最終的に自分自身の強い意志で下さなければならないと思っています。

 

他人にアドバイスをもらっても良いし、たまには流れに身を任せることも必要だけど、本当に大事な時にはいつも自らの意志と信念を持つべきで、さもなければこの先道で後悔するかもしれないし、一生自分の頭で考えず他人の人生を生きることになるでしょう。

 

とはいえ結果的には、どんな目的であれどんなやり方であれ、留学は人の人生をカラフルに彩り、深みを与えてくれるので、行きたいのならどんどん行くべきです。

あくまで僕の思うところは、この貴重で人生の財産ともなりうる日々をさらに実りあるものにするためにも、強い目的意識と信念と意志を持つべきなのではないか、ということです。

 

長くなりすぎて休憩時間を過ぎてしまったので、これにてドロン!

 

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いつまでも同じ場所にいてはダメなのです

適当に関係ない写真を貼りながら書いて行きます。

 


 

 

淡々とした毎日を送っている。

 

平日は大学に行って、ぼんやりと講義のノートを取り、IT企業でバイトして、暇な時間を見つけては本を読んだり映画を見たりと、実に穏やかな日々を送っている。

 

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↑ボートの上から眺める早朝のバラナシ

 

毎日すべきことはあるけれど、時折「暇だ」と感じることがある。

 

実際すごく忙しいわけじゃないし、とは言っても全くやることがないわけじゃないけれど、恵まれた環境であるからこそ感じる空虚感とか満たされない気持ちとかいった、そういう類の代物をいつも抱えているのだ。

 

今日は大学の講義が突然休講になったので、キャンパス内のベンチに座って、そんなことをぼんやりと考えていた。

 

つくづく日本は穏やかな国だと感じることもある。

確かに、最近は将軍様のミサイル問題やら、米国大統領関連やら、森友学園(笑)やら、豊洲問題やらでニュースは持ちきりだが、他の国々(中東とか)と比較すると平和で恵まれているというのは周知の事実である。

 

静かで、インフラが整ってて、言語に困らなくて、治安が比較的良くて、ご飯が美味しくて、生まれてから20年間住んでいる日本。

 

便利だし、愛着こそあるのだが、時折この穏やかさや静けさに、物足りなさや無機質さを感じてしまう自分がいることがある。

 

あるいはこの半年間、国内のみならず色々な国を訪れて、自分なりの気づき・収穫・経験があったわけだが、穏やかな(きつく表現すると生温い)環境にいると、だんだんそれらが薄れていくように思え、周りと同質化してしまうことが恐ろしく感じられる。 

 

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↑デリー近郊でクリケットの試合中

 

別に僕は海外至上主義でもないので、「若者は海外に行かなきゃダメ!」みたいにお節介焼きやら海外かぶれになるつもりは毛頭ないし、「別に行きたきゃ行けば?」的なスタンスなのだが、最近は少し考えが変わりつつある。もちろん他人に対しての考えでなく、主に自分に対してなのだが。

 

「新しい世界・異質な世界に触れ続けること」

 

こいつがシンプルながらも、かなり重要である気がしてならない。

 

新しい世界・異質な世界と言われると身構えてしまう人とか、意識高い系センサーが反応する人も多いかもしれないが、ここでの意味はあくまで柔軟に変化し、個人によって範囲や定義は大きく異なる。

 

とりあえず僕にとっては、今までやったことのないこと、今までやる前から敬遠してきたこと、なんとなく自分には向いてないと感じていること、そういう類のものが「新しい世界」に当たる。それらは実に多種多様な姿形を取る。未知の小説、未知の国、未知の外国語、未知の人、つまるところなんだっていいのだ。個人にとって新しく、新鮮でさえあれば。

 

新しい世界・異質な世界に触れ続けることで、感受性を磨け!だの、人間としての幅を広げよ!だの、そんな高尚な事を言っているわけではない。

 

ただ僕は、狭い世界に固執し、偏った視野で世界を見て、未知の世界にある別の喜びを知らずに生きるということがもったいなくて、危うくて、もはや恐ろしいことであるように思えるだけなのだ。

 

それは僕たちの目を曇らせ、客観的で公平な価値判断を難しくさせる。

 

新たな感動や喜びも見つけられなくなってしまうだろう(既存の世界を超えるほど大きなもの)。

矮小な世界に固執し生きることは、地面に落ちているりんごに夢中になって頭上にある無数のりんごたちに気づかないようなものだ。ああ、もったいない!

 

しかしながら、新しい世界に身を置くことあるいは試みることによって、宇宙空間から青い地球を見下ろすように、今まで所属していたコミュニティや世界を冷静に俯瞰することができるようになる。こうして改めて良さに気づいたり、新たな発見を期待できる。

 

では、具体的にどうすれば新しい世界へと足を踏み出せるのか。

もっとも手っ取り早い方法は、話したことのない人と話すこと、読んだことのないジャンルの小説を読んだり新しい外国語を学び始めること、海外へ一人で行き何かを感じることだろう。

 

実際僕は来年の春休みには南米(アルゼンチン、チリ、コロンビアあたり)を放浪する予定だし、それに合わせてスペイン語の勉強をまた始めようかと考えている。

 

そうやってどんどん新しい世界へと飛び込んで行きたい。狭い世界への固執とプライドを捨て、常に軽やかな気持ちでいたい。

こうした「未知への挑戦」こそが、僕たちの人生に深みと広がりを与えるのではないだろうか。少なくとも僕はそう思う。

 

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↑アグラの住宅街で遊んだ子供たち 

 

私の「空白の期間」について、休学期間総括

最近ふと思い立ち、上野動物公園へカメラを持って足を運んだ。

こうして何の目的もなくフラフラと見慣れない場所を歩くのは、随分久しぶりに感じた。

家族連れの観光客が仲良く手を繋いでいる姿を見ると、幼い頃家族で休日に遊んだ記憶が蘇ってきた。

そして、またこうして動物園なんかに一人で来ようとは全く思ってもみなかった。

その日は不思議と心地よい気分で一日を過ごすことができた。

 

 


 

 

さて、本題について書いていこうと思う。

 

その日、私は出かける前にカメラの容量を整理する必要があった。すっかり動きの鈍くなったPCへ膨大な量の写真を移すには、割と時間がかかった。

 

私は待っている間に特にやることもなかったので、カメラの中に入っていた写真たちを眺めていた。

 

今年の一月に訪れたインドの写真である。

 

すでに何度かデータの移行を済ませていたつもりだったが、まだ450枚ほどSDカードの中に入ったままだった。

 

私は写真を何となく眺めながら、ガヤとコルカタでの出来事に思いを馳せていた。

 

と同時に、「写真の移行作業も忘れていたのだから、自分の中で、あの「空白の期間」での出来事を整理できていないのかもしれない。」となんとなく思った。

 

というのも、私は少しの放浪期間を終えてすでに3ヶ月が経つというものの、何だか常に落ち着かない心持ちでいたからである。

 

そんな気持ちを抑えようと、何度か文字に興してみたり、気のおけない知人に経験した出来事を話してきた。が、依然状況は変わらず。

 

それでも、3ヶ月という短からぬ月日が経ったからこそ、今なら気持ちの整理ができるような予感がしている。

 

駄文ではあるが、あの半年という空白の期間に起こった全てを綴っていこうと思う。

 

そして、このような形で何か書くことはもうないし、できないだろう。

 

長くなりそうなので、お時間がある方だけ付き合ってください、写真も貼っていきますので。

 

 


 

それまでの人生

 

私は元々、至極平凡でつまらない人間だった。(今面白い人間なのかと言われるとそうは思わないが、少なくとも今よりかは幾分退屈な人間だったと自負している)

 

取り立てて特筆すべき特徴もなく、何らかの大きな欠点もない。

勉強もスポーツも人並みにはできたし、クラスの中でムードメーカーではあったが、周囲から絶大な信頼と人気を得ているかと言われるとそうでもなかった。

 

高校生までは言われたことをただ淡々とこなし、周りに流されて日々を過ごしていた。

 

 

そして、都内の私立大学へと進む。

 

 

そこそこ名の知れた大学ではあるけれど、実家からの距離がそう遠くないことと自分の学力で目指せなくもなかったこと、学食が美味しいと有名だったこと(学食は数回しか食べたことはない)くらいが主な志望動機であった。

 

そうしてさしたる理由もなく入った大学であったから、特に学問に打ち込むわけでもなければサークル活動へと精を出すわけでもなく、惰性でバイトをこなして、時間を潰すかのように金を使い、虚しく日々は過ぎていった。

 

 

友人は数えるほどしかいなく、これといった趣味もないし、ましてや夢なんてものも持ってない。

唯一、膨大で自由な時間が私の前に横たわっていた。

まるで「これから何でもしていいよ。」とサバンナのど真ん中に取り残されたような気分である。

どこにオアシスや町があるのかも分からず、時間は無情にも私をあざ笑うかのように過ぎ去っていた。

 

 

こんな何の面白みもない人間である。周りから人がいなくなっていったのも当然と言えよう。一人、また一人と何の知らせもなく離れていった。

決して寂しくはなかったが、孤独だった。

 

 

こうして大学二回生になった。とはいってもキャンパス内に私の居場所はどこにもなく、それまで得たものと言えば幾らかの酒の知識と偏屈さだけ。見る影もなかった。

 

 

気づけば大学に入学して早一年、何もしてこなかった。

見渡せば、希望に満ち溢れた新一年生達。

「「自分」という存在がなくても、世の中は滞りなく回っている。」

「「私」という存在には何の価値もないのだろう。」

そんな風に思っていた。

 

 

次第に私は講義を休みがちになり、「中退」という言葉が頭をチラつくようになった。

しかしそんな勇気など到底ない。社会のレールから迷いなく外れるなんて、私には考えられない行為だったのだ。

したがって、「休学」という妥協策に甘んじることになった。

 

 

「ただただこの環境から逃げ出したい。どこか遠い場所へ行きたい。」

具体的なプランを練る前に、「休学」という道が確定し(休学届けを大学事務センターへと提出したのだった)、いよいよ何をするか決めなばならなかった。

 

 

英語留学をすることに決めるのには、それほど時間はかからなかった。

金髪美女にモテたいだの、色々なバックグラウンドを持った人と話したいだの理由は浅はかだったが、行動こそが全て。

とにかく最初の渡航先として、私はセブ島行きのチケットをネットで取った。

当初は、その後トロントにも行くつもりだったが、如何せん費用が予想以上にかかるであろうと見込み、結果的に3ヶ月間の留学生活となる。

 

 


 

セブ島留学

 

韓国の仁川を経由して、フィリピン・セブ島のマクタン国際空港へと私は降り立った。

日本の夏とは違う、湿度の低いカラッとしたアジアの空気が印象的だった。

飛行機の遅延により到着したのは早朝4時、他の留学生達と合流し、無事に語学学校へと向かうことになった。

 

 

今でも時々、あの南国の島の風を懐かしく感じることがある。

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眩しい朝日を浴びて目を覚まし、簡単な朝食を取り、温かいコーヒーを飲みながら授業の準備をして、夕方までマンツーマンで英語の授業。

フィリピン人はみんな社交的で明るい性格だったからか、次第に私の方も元気になっていった。

 

 

授業が終われば、決まって他の留学生達と飲みに行った。

夏休み中に来ている大学生や転職期間中の社会人、台湾人やロシア人、たくさんの素敵な人たちに囲まれていた毎日。

一緒にランチを取ったり、夜はレストランで一緒に冷たいビールを飲んで語らう。こんなにも幸せな日々はそうないのだろうと思う。

 

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とりわけ、台湾人の皆とは仲良くなった。

休日にはオスロブに行ってジンベエザメと共に泳ぎ、ボホール島へと泊りがけで行って世界最小の猿ターシャを見たり、数え切れないほど飲みにも行って、色々な話をした。

「勉強するための語学留学じゃないのか?」と言われそうだが、何事も制約をつけると面白くなくなる。

もちろん勉強は大事だし、実際よく英語を勉強したが、こうして成り行きで色々な場所へ行き、色々な人と話すことも広い意味での勉強だ。

少なくとも、私の中にはかけがえのない素敵な思い出として刻まれている。ということは、正しい行動だったのだろうと思う。

 

 

また、あまり詳しくは言えないがとある女の子と出会った。

ゆくゆくは日本人の女の子と結婚するのだと漠然と思っていた私にとって、忘れがたい思い出となった。

話した内容、歌っていた曲、行った場所が全て鮮明に思い出される。

 

しかし言語の壁・文化の壁からか今では全くの疎遠であり、もう二度と会うことはないだろうと思っている。

 

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あれは果たして恋だったのだろうか、それとも勘違いか、憐れみか。

少なくとも前者ではない気がしている。我をも忘れるくらいの激しさが、そこにはなかったから。

まさに一夏の思い出である。

そしてその年の11月、私は予定通り日本へと帰国した。

 

 


 

西日本縦断ヒッチハイク

 

帰国してから2週間ほどして、私は国内の旅に出た。

 

理由の一つは、ずっとヒッチハイクをしてみたかったから。

そうすることで、自分への自信を持ちたかったから。

初めて一人でヒッチハイクをするには勇気が必要だったが、セブ島で様々な経験をした今なら大丈夫、そんな根拠のない自信があった。

 

もう一つは、屋久島に行ってみたかったから。

何を隠そう私はジブリファンであり、「もののけ姫」が好きなのだ!

 

・・・。

 

いや、そこまで深い理由は実はなくて、ただ単に思いつきである。

でもこの思いつきに身を任せるノリの良さが大事だと思っているので、私は選択に迷った時は心の赴く方を選ぶようにしている。それゆえ、屋久島を目指すこととなった。

 

 

最終的に旅は二週間で終わった。これを長く感じるか、短く感じるか人それぞれであると思う。

けれど、大多数の人は「短い」と感じるのではないだろうか。

実際それは短く、しかし「濃い」二週間だった。

 

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ヒッチハイクは思ったよりも簡単だった。ボードを掲げていれば30分足らずで車は止まったてくれたし、ご飯をご馳走してくれる人もいた。

 

 

人の「無償の優しさ」に沢山触れた。

私は今まで「周りの人間なんて面白くもなんともないし、クソ野郎ばっかりなんだ!」と思っていたが、この旅を通してその尖りは徐々に滑らかになって行ったと感じている。

 

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名古屋、大阪、京都、広島、福岡、鹿児島と訪れたが、この「無償の優しさ」こそが一番の収穫だったのだろう。それは旅にドラマを作ったし、少なからず私の人間性というものに影響を与えた。

 

見ず知らずの若者を乗せてくれた人たちはもちろん、家に泊めてくれたり、初対面なのに一緒に屋台で盛り上がったり、本当に素晴らしい思い出の数々である。

 

 

そんな人に恵まれた旅であったが、鹿児島の港からフェリーに乗りたどり着いた屋久島での三日間は孤独であったし、常に疲弊しきっていた。旅とはそういうものである。

 

出会いがなかったわけではないが、特に登山の時は孤独であった。

その中で沢山の考えが頭の中を駆け巡ったし、当然自分の行動の正当性や人生についてもまた考え出してしまった。

 

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そして、とにかく毎日疲れ切っていた。一日中思いバックパックを背に、セカンドバッグを前から掛けて歩き回り、夜には倒れるように眠りに落ちる。

京都駅近くの公園で寝袋にくるまって泥のように眠ったり、屋久島行きのフェリーの中で1日中まどろんでいたりした思い出が懐かしい。

 

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しかし、8時間近い登山の末に到達したゴールの雄大な景色が、それらを全てを吹き飛ばしてくれた。

「ここに来て良かった。この道を選んで良かった。」

心からそう思った。

 

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その後無事に下山をし、フェリー・高速バス・飛行機を乗り継ぎ東京へと帰るのだった。

 

 


 

インド放浪

 

12月に帰ってから約1ヶ月間のんびりと過ごし、翌年の1月私はインドへと旅立った。

今回は理由があった。

 

 

 

私は大学の講義で、インドのとある街の存在を知り、強く心を惹かれた。 

 

「バラナシ」

 

ガンジス川に面した街である。

 

その授業は「死」が題材であり、今までの人生で生死について深く考えたことのなかった私にはとても新鮮だった。

 

古代ローマやインカ文明などたくさんの社会における死を学んだが、とりわけ興味を持ったのはインド人の死に関する価値観と、そのインド中から死体が運ばれてくるという街・バラナシであった。

 

細かい話は割愛するが、どうやらその街には火葬場があるらしく、そこで炎に包まれ、残った骨がガンジス川に流されることで、魂がガンジスに還るというのだ。

そしてその光景を親族や通行人、犬や牛たちが共に見届けるらしい。

 

「死ぬまでに一度は行きたい。」

 そう強く感じた。

 

ということで、ちょうどいいタイミングだと思い、私はインドを1ヶ月旅することにしたのである。

 

正直あまりに沢山の出来事が起こりすぎて、この場では語りつくせない。

 

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ただ一つ言えることは、私は此度のインド放浪を通して変わってしまった。

 

 

それが良い意味なのか、あるいは悪い意味でなのか、未だに私には分からない。 

 

けれど、あの神秘の国の異質な街・バラナシに一週間滞在し、ガンジスの聖なる空気に包まれたことが、私に「何か」をもたらしたことは肌感覚で感じている。

 

前よりも客観的に物事を観れるようになったが、同時に前よりも感情の起伏が小さくなった。

 

これが成長あるいは大人になることなのかもしれないし、かの三島由紀夫のようにインド来訪を経て狂ってしまったのかもしれない。

 

この記事を執筆している今も、自分自身の変化について行けていないと感じている。

まるで違う誰かが私の中に入り込み、今までの私をどこかに追いやってしまったような、そんな気分で日々を過ごしている。

 

人は私のことを指差して「痛い奴だ」と言うだろうし、精神疾患を抱えていると思うだろう。

だが心身は至って平常、されど不安定でフワフワとした気持ちが拭えないのだ。

 

 

そんなことをバラナシを出てからもずっと考え、感じており、無事に帰国し大学に復学した後も今日に至るまで感じ続けている。

 

この記事のタイトルは「私の「空白の期間」について、休学期間総括

腰を据えて整理しようと、言語化しようと試みた。

だけど、やはりうまくできない。

 

 

”私が旅をする中で見て、感じたものはゆっくりと私の中に沈潜していった。

 

それらは確実に私の血肉となったし、経験という名の財産である。

 

しかし、その見返りとして自分自身を大きく変えてしまった。

 

それは、初めて「死」を間近にすることによりもたらされたのだと思う。

 

そしてその大きすぎる違和感は、今もなお私を苦悩へと追いやっている。”

 

 


 

総括

 

休学をする前、私は変わりたかった。

退屈な日常から抜け出したかったし、退屈な自分を変えたかった。

 

 

そう考えると、目的は達成されたとも言える。

しかし私は何かを得たが、何かを失った。

文章としては最悪レベルの抽象さだが、これが私の今説明できる限界である。

この先もっとクリアになっていくかもしれないし、さらに靄がかかるかもしれない。

それは今は分からない。

 

 

けれど、結果として私はこの「空白の期間」を取ったことに後悔は全くしていない。

あの時道を踏みはずなければ得られなかった経験を得たし、自分の人生や生死についてよく考えた。

 

 

 

思うに、人にはこのような期間が必要である。

然るべき時に、然るべき期間孤独になってみることが必要なのだ。

それは多くはアイデンティティに悩む青年期であるかもしれないし、ファーストキャリアを終える時かもしれない。

たった1ヶ月かもしれないし、数年に及ぶかもしれない。

九州地方の山奥かもしれないし、南米の僻地かも分からない。

 

 

 

 

「Life is a jouney.」

 

セブ島で出会った壮年のアメリカ人に言われた言葉である。

凄くありきたりで、曲の歌詞なんかでよく目にした代物だが、こいつこそが本質だと思う。

 

「人生は旅である。」 

 

険しい道を歩くこともあるし、急ぐ時もあるし、少し休むこともある。

気に入った場所では立ち止まってみて、来た道を振り返ったり、自分と向き合ってみるのも良い。

いつ終わるかも分からないし、いつ目的地にたどり着くかも分からない。

人それぞれにストーリーがあって、だからこそグラデーションのように鮮やかに映るし、だからこそ愛おしい。

 

 

おそらくこの手の話に適切な結びはないと思うので、ここら辺で強制的に終わらせようと思う。

 

ここまで長ったらしい駄文を読んでくれた暇を持て余している方、「休学」というワードでGoogle検索をした方、そしてたまたまネットという大海原に漂っていたこの記事を発見してくれた全ての方々、付き合ってくれてありがとう。

 

私のことを狂っていると思ってくれて構わないが、その前にぜひバラナシの街へは行ってみてほしい。

 

私のおつむの悪い頭と乏しい語彙力ではこの思いを伝えきれないにしても、実際にあの街であの風に包まれながら、火葬場とガンジス河を見れば、私の真意が伝わるやもしれない。

 

 

もしかしたら、そのことによってあなたの人生は大きく変わることもあるだろう。

 

 

私は一切の責任を取ることはできないが、これも訪れれば分かるはずだ。

どうか死ぬまでには訪れて見てはいかがだろうか。

  

では、本当にこれにてこの記事を終わろうと思う。

冒頭で記述した通り、もう二度と「空白の期間」について深く考えることはしない。

なんの意味も成さないからだ。

けれど、いつかこの先の道のりで振り返ることがあった時、少しでもこの気持ちが晴れていることを願う。 

 


 

追伸 

 

この間渋谷のBOOKOFFで古本漁りをしていたところ、とある小説と運命的な出会いをした。

「深い河」

遠藤周作著のこの作品はガンジス川が舞台で、「死」「愛」が主題であるらしい。

まさに私の悩みにぴったりの一冊。出会うべくして出会ったような気がする。

人生とは実に面白いものだと感じさせられた。

この本に関しては、また別の記事で触れてみようと思う。 

 

【大学生必見】就活を成功させる4ステップを思いついた!

 

ぼくのかんがえた最強の就活


 

四月から復学するということで、ブログタイトルの「休学」の部分どうしようかなーと悩んでいるイトウです。

 

最近「就活」に関してずっと考えていたのですが、自分なりの成功させるコツを思いついたので書き出したいと思います。

 

まず始めに大事なのは、「就活」とは何かを理解すること、そして三つのフレームワーク「What」「Why」「How」を用いて論理的に考えることです。

 

それじゃ、いきましょう!

 


就活とはなんぞや?

 

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「就職活動」

就職活動(しゅうしょくかつどう)は、職業に就くための活動の総称。略して、就活(しゅうかつ)とも呼ばれる。

*Wikipedia参照

 

平たく言えば、「企業と就活生のマッチングの場」です。

ある一定数の需要(企業側)と供給(就活生側)が存在することから、一つの市場とも言えるでしょう。

そして、需要サイドと供給サイド双方の利害が一致した時に、取引(内定)は行われるのです。

内定を取ろうとなんらかの努力することは、この取引をうまく成立させようと試みるのと同義です。これは簡単な話。

 

定義がはっきりしたところで、次は「What」就活を通して何をしたいのかを明らかにしましょう!

 


「What」何をしたいのか?

 

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「目的/ゴール」を設定します。

 

就活を通して何をしたいのか。

 

それは「内定をもらって、安定した/魅力的な企業に入社し、最高のファーストキャリアを歩む」ことじゃないでしょうか?

今の時代、40年間同じ企業に勤め上げるのはほぼ無理でしょうから、あくまでファーストキャリアです。

 

多くの人にとっては、同じようなモノだと推測します。

 

「失敗して就活浪人になりたい!」なんて稀有な人いないはずですよね?そんな人は、ハナから就活なんてしないですし。

 

 


「Why」なんでしたいのか?

 

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続いて、「動機」をはっきりさせます。

 

正直しっかりとした理由を持っている人はあまり多くないかと思います。

 

「周りにもやってるし、とりあえず就活しとこ!」と考えている人は多いんじゃないですか?仕方ないことなのですが、それでも「動機」を明確にすることは「就活成功」にのためには必須なので、自分の頭で考えてみましょう!

 

お金?一人暮らし?やりたいこと?社会人としてのマナー?起業のためのノウハウ

 

これをすることで、当事者意識とモチベーションの維持に繋がるはずです。

 

 


「How」どのようにするのか?

 

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さて、この章は長くなります。

なぜなら、具体的な方法も上げつつ述べることになるからです。

 

ここまで「目的/ゴール」「動機」をはっきりさせました。

 

次にそれらに見合う仕事を探してみましょう!

営業?エンジニア職?マーケッター?ライター?こればかりは人によってかなり違います 。

 

続いてそこから企業を選定します。

 

さらに企業側の目線になって、どんなスキル・人柄・経験が好まれるだろう?と考えることです。それぞれの企業に合った技能や経験を積めば、「即戦力」として採用してもらえる可能性はグンと上がるでしょう!

これは人に聞いてみたり、本やネットの情報を元に自分で考えてみるといいかと。

 

そして、魅力的な人材になるためにポイントは「差別化」です。

 

例えば、同じような能力の就活生が10人いる時、企業側からしてみたら誰を取ってもいいわけです。あまり大差がないからです。ともすれば、少しでも相手の気に障ったら簡単に落とされることもあるのでしょうね、替えはいくらでも効くのだから。

 

けれど、もし1人でも他の9人とは違う「魅力的な人材」がいたら、企業は喉から手が出るほど欲しくなるはずです。他の人では替えはきかないのです。

 

つまりは簡単な話で、その「魅力的な人材」になればいいのですよ。そこで鍵となるのが「差別化」なのです。

 

 

こうして必要なモノを明らかにしたら、実際に行動に移して攻略していきます。

「具体的にどうすればいいの!?」なんて声も上がりそうですが、これからいくつか挙げていきます。

全部で4つあります。

 


1、インターンで経験を積む

 

大学三年生の夏になると、皆こぞって短期インターンシップに行く傾向にありますが、ここでのインターンとは長期インターンのことです。

短期インターンの場合、オフィスや工場を見学をして、簡単なワークショップやディスカッションを行い、お土産を貰って楽しい雰囲気を知って帰るというのがほとんどです。

それでは本当の意味で企業を知ることはできないし、スキルは全くつきません。

そこで長期インターンなのです。

スタートアップのベンチャーなど、規模の小さな企業であれば大きな案件を回してもらえることもあり、その過程で大きく成長できるはずです。

長期間働けば、有用なスキルも身につくでしょう。実際に「働く」ことを経験できます。

よほどやりたいバイトがない限りは、長期インターンで着実にスキルと経験を得ることをオススメします。

 

 


2、資格で技能を証明

 

例えば英語を必要とする仕事なら、TOEICでハイスコアを取る。

不動産関係なら、宅建の資格を取る。

 

TOEICで良い点を取れば英語を話せることの証明になるとは言えないけれど、少なくとも就活においては有効です。

 

片っ端から資格を取って、資格武装することはオススメしませんが、行きたい業界で使える適切な資格を取ることは選択肢としてありです。

 

ただ、くれぐれも闇雲に資格を集めるコレクターにはならないように。完全に時間と労力の無駄ですので。 

 


3、ポートフォリオで実績を作る

 

 「こんなサイトを作れます!」とか

「ブログ運営して月間○○PV達成しました!」といった具合に、具体的な成果を面接官に伝える/見せるのも有効かと思います。

一番分かりやすいですしね。

 

これはマジでオススメで、ぼくも就活をする時には実際にやってみるつもりです。かなり勝率が上がると見込んでるんですよねー。

 

ただ見せる機会があるかは難しいところ。口で伝えることはできますけど。

印刷して見せれば良いのかな?

 


4、業界研究

 

とにかく業界研究をして、必要なマインドや知識を頭に叩き込みましょう。

面接官からの質問に対して、迅速にかつ正確に応えることができれば、かなり好印象を与えることでしょう。

より具体的には、企業の経営理念を理解したり、財務諸表や現在の経営状況のチェック、問題点の指摘までできれば最高です。

とにかく研究して面接に備えましょう!

 

 

以上4つによって「差別化」を計ることが大切です。

これらを是非実践して需要過多を起こし、就活を成功させましょう!

とはいえそのくらいのスキルや経験があれば、会社に入る以外の選択肢として起業や独立したくなる可能性も高そうですが笑

 


まとめ

 

今回は就活を成功させる4ステップを具体的に書き連ねてみました。

就活に一つの答えはありませんが、このページを参考にしつつ、色々と試行錯誤しつつ納得のいくファーストキャリアを歩んで欲しいと思います。

ぼく自身まだ就活を経験していないですし、実際にするかも全く分かりませんが、また色々と更新するつもりです。

 昨今「AIに仕事を奪われる!」なんて言われていますが、沢山の人と話して、沢山のことを経験して、自分の頭でしっかり考えて、是非とも就活を成功させましょう!

ではまた!

 

 

ホームレスやらニートやら遊牧民やらになりたい

 

遊牧民のススメ

 

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こんにちは。

 

終わりつつあるニート生活がやたらと恋しいイトウです。

もう四月!半年間あっという間に経った!

というのはさておき。

 

今回は「ホームレスやらニートやら遊牧民になりたい」という願望についてです。

これは最近思いついたのですが、選択肢の一つとしてマジでありかと。

自分のアイデアを記録するためにも書き留めておきます

 

まあホームレスやらニートやらというよりも、遊牧民という方が正しいのですが!笑

要は家を持たず、定職につかず、夏は涼しい場所へ、冬は暖かい場所へと移動しながら生きるということです。

メリットをいくつか挙げていきましょう。

 


場所に縛られず気ままに暮らせる

 

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夏は北海道へ、冬は沖縄へ。

一年中快適な気候の下、暮らすことができます。

仕事はリモートワークでもいいのですが、企業にフルタイムで勤務するのはまあ無理なので、しがらみにもとらわれません。

 

季節によって、その日の気分によってどこかに行くもよし。お気に入りの場所に留まるもよし。全ては自由です。

そして、東京にはない日本の田園風景のような場所で暮らせるなんて素敵ですよね!

 


生活コストを下げることができる

 

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地方で暮らす分には、東京ほどの生活コストはかかりません。

例えば家賃は2~3万円でも十分だろうし、食費に関しても比較的安いのです。

交通費もヒッチハイクをすればタダですよ笑

 


面白いコンテンツを提供できる

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これが一番の肝心なのですが、めちゃくちゃ面白いコンテンツを経験できるし、提供できます。

「ホームレスだけど北海道の限界集落で狩りに出てみた」とか、

「ホームレスだけどタイで象使いになってみた」とか聞くだけで面白そうじゃないですか?笑

 

まさに可能性は無限大!

うまく面白くて独自性のあるコンテンツを生み出し、Youtubeやブログを媒介して発信すれば、必ず興味を持つ人が現れるはずです。

だってぶっ飛んでて絶対面白いもん笑

 

ただしデメリットもいくつかあるんですよね。

 


収入が不安定

 

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圧倒的にこれです。

毎月口座に振り込まれるわけじゃないので、とにかく収入は不安定。リモートワークやクラウドソーシング、ネットビジネス辺りは例外ですが。

 

あるいは、夏は海の家冬はスキー場でリゾートバイトすれば問題ないでしょ!と思いますけど。

数ヶ月働いて、数ヶ月フラフラしてって感じでね。

 

まあでも、普段の生活コストはあまり高くないとはいえ、皆ある程度の余裕が欲しいはずです。

なので、金銭面に余裕があるタイミングで、期間限定で遊牧民になるのはいかがでしょう?

その後、遊牧民を続けるか新しい定職に就くか決めればいいのです。

 


「住」が不安定

 

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毎日同じ家で寝泊まりするわけではないので、基本的には毎日その日の寝床を探す必要があります。

ただリゾートバイトなら基本的に「食」「住」は約束してくれるし、数ヶ月毎に家を決めれば問題ないかと思います。

ぼくの場合は日本でもインドでも野宿は慣れてるので、最悪寝袋さえあればどこでも眠れる自信がありますけど笑

テントもあれば完璧ですね!

 


履歴書に空白ができる

 

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これも気にする人は多いかと思います。

が、何かしらのスキルや実力があれば大丈夫じゃないかなー?と考えております。

ITのスキルなんかがあれば、とりあえず食いっぱぐれることはないかと。

日本でダメなら、海外で探すのもありですかね。

そもそも「40年間同じ企業に勤める」だの「履歴書に傷はつけたらアカン!」だの古すぎるんですよ。

疲れたら休む。働きたくなったら働く。もっと気楽にいきましょう。

結局何とかなりますよ、きっと。

 


まとめ

 

個人的には選択肢として大あり!

期間限定というのもあり!例えば一年間とかね!

 

マジで「面白いコンテンツを提供できる」っていうのは大きいと思うのですよ。

自分自身かなり濃い経験ができるし、他人を楽しませることができるので。

会社にしがみついて、いくらでも代わりがいるような退屈な仕事をしているくらいだったら、自分にしか生み出すことのできないモノを追求する方が面白そうなんですよねー。

 

ブラック企業で働きすぎて、精神的に消耗してしまったら、1年間だけ遊牧民のように暮らしてみるも面白いかと思います。

以上、進路選択における奇抜なアイデアでした!

ではまた!