社会不適合休学系大学生のブログ

イトウワタルです。休学してセブ島留学や西日本ヒッチハイク縦断、インド一人旅を経験。ゆるりと眺めてみてね。

いつまでも同じ場所にいてはダメなのです

適当に関係ない写真を貼りながら書いて行きます。

 


 

 

淡々とした毎日を送っている。

 

平日は大学に行って、ぼんやりと講義のノートを取り、IT企業でバイトして、暇な時間を見つけては本を読んだり映画を見たりと、実に穏やかな日々を送っている。

 

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↑ボートの上から眺める早朝のバラナシ

 

毎日すべきことはあるけれど、時折「暇だ」と感じることがある。

 

実際すごく忙しいわけじゃないし、とは言っても全くやることがないわけじゃないけれど、恵まれた環境であるからこそ感じる空虚感とか満たされない気持ちとかいった、そういう類の代物をいつも抱えているのだ。

 

今日は大学の講義が突然休講になったので、キャンパス内のベンチに座って、そんなことをぼんやりと考えていた。

 

つくづく日本は穏やかな国だと感じることもある。

確かに、最近は将軍様のミサイル問題やら、米国大統領関連やら、森友学園(笑)やら、豊洲問題やらでニュースは持ちきりだが、他の国々(中東とか)と比較すると平和で恵まれているというのは周知の事実である。

 

静かで、インフラが整ってて、言語に困らなくて、治安が比較的良くて、ご飯が美味しくて、生まれてから20年間住んでいる日本。

 

便利だし、愛着こそあるのだが、時折この穏やかさや静けさに、物足りなさや無機質さを感じてしまう自分がいることがある。

 

あるいはこの半年間、国内のみならず色々な国を訪れて、自分なりの気づき・収穫・経験があったわけだが、穏やかな(きつく表現すると生温い)環境にいると、だんだんそれらが薄れていくように思え、周りと同質化してしまうことが恐ろしく感じられる。 

 

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↑デリー近郊でクリケットの試合中

 

別に僕は海外至上主義でもないので、「若者は海外に行かなきゃダメ!」みたいにお節介焼きやら海外かぶれになるつもりは毛頭ないし、「別に行きたきゃ行けば?」的なスタンスなのだが、最近は少し考えが変わりつつある。もちろん他人に対しての考えでなく、主に自分に対してなのだが。

 

「新しい世界・異質な世界に触れ続けること」

 

こいつがシンプルながらも、かなり重要である気がしてならない。

 

新しい世界・異質な世界と言われると身構えてしまう人とか、意識高い系センサーが反応する人も多いかもしれないが、ここでの意味はあくまで柔軟に変化し、個人によって範囲や定義は大きく異なる。

 

とりあえず僕にとっては、今までやったことのないこと、今までやる前から敬遠してきたこと、なんとなく自分には向いてないと感じていること、そういう類のものが「新しい世界」に当たる。それらは実に多種多様な姿形を取る。未知の小説、未知の国、未知の外国語、未知の人、つまるところなんだっていいのだ。個人にとって新しく、新鮮でさえあれば。

 

新しい世界・異質な世界に触れ続けることで、感受性を磨け!だの、人間としての幅を広げよ!だの、そんな高尚な事を言っているわけではない。

 

ただ僕は、狭い世界に固執し、偏った視野で世界を見て、未知の世界にある別の喜びを知らずに生きるということがもったいなくて、危うくて、もはや恐ろしいことであるように思えるだけなのだ。

 

それは僕たちの目を曇らせ、客観的で公平な価値判断を難しくさせる。

 

新たな感動や喜びも見つけられなくなってしまうだろう(既存の世界を超えるほど大きなもの)。

矮小な世界に固執し生きることは、地面に落ちているりんごに夢中になって頭上にある無数のりんごたちに気づかないようなものだ。ああ、もったいない!

 

しかしながら、新しい世界に身を置くことあるいは試みることによって、宇宙空間から青い地球を見下ろすように、今まで所属していたコミュニティや世界を冷静に俯瞰することができるようになる。こうして改めて良さに気づいたり、新たな発見を期待できる。

 

では、具体的にどうすれば新しい世界へと足を踏み出せるのか。

もっとも手っ取り早い方法は、話したことのない人と話すこと、読んだことのないジャンルの小説を読んだり新しい外国語を学び始めること、海外へ一人で行き何かを感じることだろう。

 

実際僕は来年の春休みには南米(アルゼンチン、チリ、コロンビアあたり)を放浪する予定だし、それに合わせてスペイン語の勉強をまた始めようかと考えている。

 

そうやってどんどん新しい世界へと飛び込んで行きたい。狭い世界への固執とプライドを捨て、常に軽やかな気持ちでいたい。

こうした「未知への挑戦」こそが、僕たちの人生に深みと広がりを与えるのではないだろうか。少なくとも僕はそう思う。

 

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↑アグラの住宅街で遊んだ子供たち