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社会不適合休学系大学生のブログ

イトウワタルです。休学してセブ島留学や西日本ヒッチハイク縦断、インド一人旅を経験。ゆるりと眺めてみてね。

やりたいことがまだ見つからないの?簡単に見つける方法教えるよ。

考え 大学生活

 

ぼくはやりたいことしかやってない

 

どうもShoです。

突然ですが、ぼくはこの半年間、セブ留学、西日本縦断ヒッチハイク、インド一人旅、IT学習といった具合に、大学を離れてやりたいことばかりしてきました。

それらすべての経験は、ただ楽しかっただけでなく、ぼく自身を大きく成長させてくれました。

あれだけ陰鬱で、自堕落で、怠惰だった大学生活から抜け出し、休学を契機にようやくぼくはぼくだけの人生を歩み始めたのです。

やはり、やりたいことをやっていると人生が充実するし、そういう人たちは総じて魅力的。

けれど、ぼくの周りには、

”やりたいことが分からない”

”自分探ししなきゃ!”

と口にしている大学生・若者が多すぎるんですよねー。

 


どうして見つからないのか

 

なぜ多くの人には自分のやりたいことが見えないのか。

それは個人の問題だけではないです正直言って。

日本の教育や歴史、国民性による部分が多いのです。

 

歴史的な観点から見れば、長い年月をかけて醸成された日本固有の考え方や習慣が、今もなお、無意識下にぼくら日本人の頭の刷り込まれているということです。

要は、日本という”一つの村社会”における暗黙の了解。

我々の村において、周りと違う目立つ行為をすれば村八分にされるのです。つまり、省かれるということ。

現代ではそこまであからさまでないにしても、この村掟はたしかに存在しています。

だからこそ、当たり障りのない行動をする人が多いし、周りと同じことをしたがる人も多い。

なぜなら嫌われたくないから、省かれたくないからなのです。

 

教育の面から見ても(歴史に影響されている部分は大きいが)、周りを見なさい!だの、良い大学に入って良い会社に40年勤めるのが普通!だの、個人を殺すような考え方が一般化されていますよね。

これは海外に一度出て肌で感じてみると、異常な、偏った価値観だとすぐに感じるでしょう。

(海外至上主義者じゃないけど一度行く価値はあります笑)

 

こうして、周りを気にして同じことをするような、没個性化しやすい日本人の価値観、国民性は形成されるのです。

 

だから、若者や大学生個人個人のせいではなく、言わば、

国全体、国民全員が責任を負うべき課題なのです。

何が言いたいのかというと、やりたいことがないという悩みをネガティブに捉えないで欲しいのです。

多くの人が持つ悩みでもありますし、原因はあなただけじゃないんですから。

 


シンプルに考えると見えてくる

 

では、日本国民における命題をどう解決するのか。

よりミクロに言って、どうやりたいことを見つけるのか。

答えは簡単。

よりシンプルに考える。

”それだけのことなの!?”と思われるかもしれませんが、本当にそれだけのこと。

 

例えば、金髪美女の外国人と付き合いたいなぁという欲をあなたが持っているとします。そこまで強い欲望である必要はないです。漠然としてていいので。

その欲を掘り下げてみます。すると、このように本質が見えてきます。

 

金髪美女の外国人と付き合いたい

→外国語を話せることが不可欠

→英語を勉強しよう!

 

こういった具合。

目的はあくまで”金髪美女”ですが、その欲を叶えるための手段として”英語学習”があります。それが”やりたいこと”となりうるのです!

 

欲望は下心でも構いません、やりたいことを見つけるのが一番なのですから。

むしろ邪な方がモチベーションは維持できます笑

 

けれど、ぼくの知り合いの中には

”たしかにやりたいことなのかもしれないけど、それを達成したら、またやりたいことがなくなるんじゃないの?”

なんて口にする人がいます。

そんなことは決してありません。

やりたいことはエンドレス、終わりがありません。

 

上記の例を再び用いましょう。

まず最初のやりたいことである”英語学習”を、自分の満足するレベルまで達成したとします。

けれどどうでしょう。それだけでは、最低条件を満たしたにすぎず、よほど魅力のある人でない限り、すぐにモテることはありませんよね。

そこで、今度は”話術を磨いてみよう”とか、”体を鍛えてマッチョになろう”とか、”お金持ちになろう”という新たな手段が出てくるはずです。

”金髪美女”という欲を達成したら、今度は”やっぱり日本人の女の子にモテたいな!”と思うかもしれません。そして、その新たな欲を叶えるために、新たなやりたいことが見えてくるのです。やりたいことスパイラルです。

 

このやりたいことスパイラルの循環を作るための第一歩は、シンプルに考えることです。

周りの目を気にせず、自分の気持ちに素直になって、心の中にある欲望をくみ取ってあげてください。

下らないことでも構いません。自分が心から欲していることが大切なのです。

そこでくみ取った欲に対して、それを叶えるための計画や手段を考えてみましょう。

それがやりたいことにつながるはずです。

 

自分の欲を明らかにする

→叶えるための手段を考える

→その手段を遂行する

 

こうしてその手段に取り組めば、自分の欲(夢)を達成するために行動している、やりたいことをやっている状態になるのです。

物事をシンプルに、自分の欲や夢をシンプルに考えてみると、

案外やりたいことなんて簡単に見つかるモノですよ。

 


まずは自分の心に素直になろう

 

自分の欲を明らかにする

→叶えるための手段を考える

→その手段を遂行する

 

この流れを作る前に必要なマインド。それは、”自分の心に素直になる”ということです。

余計なしがらみは取っ払い、周りの目はすべて無視して、自分の心の声に耳を傾けてみましょう。

では、ぼくが今実践してみますね。

目を閉じて、あぐらを書いて、心を無にしてみます。すると・・・

 

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”モテたい・・・。”

 

え?よく聞こえないなぁ。

 

”モテたい。”

 

ん?なんだって?

 

”モテたい!!!”

 

なるほど!そういうことか!

ぼくは”モテたい”のか!じゃあ、そのために何ができるかな?

 

ほら、心の声が聞こえてきました。

こんな感じでまずは自分に素直になってみて下さい!

そうすれば、あなたの心の声、欲、夢が聞こえてくるはずですから。

 


まとめ

 

自分の心に素直になる

→自分の欲を明らかにする

→叶えるための手段を考える

→その手段を遂行する

 

これだけの簡単な作業です。でもこの”自分の心に素直になる”という一歩目が難しいのかもしれません。

ちょっとした野望や欲でもいいので、それを自分がやりたいのだと認めてあげて下さい。素直になってみて下さい。

そうすると、笑っちゃうくらい簡単に”やりたいこと”は見つかるはずですから。

一人でも多くの若者の役に立つことを願っています。

以上、ぼくが見つけた”やりたいことを見つける方法”でした。

 

 

 


追記:

あまりにも”やりたいことが分からない”という相談を受ける機会や、そういうことに悩んでいる知り合いが多すぎるので、書くことに。これは実際にぼくが身をもって経験した方法なので、すぐに実践して、試してもらいたい。というか、上の”金髪美女にモテたい”なんてまんまぼくのことだし笑!自分をさらけ出すことで、多少の恥ずかしさはあれど、誰かの役に立つのならぼくとしては有難い話。是非とも自分だけの”やりたいこと”を見つけて欲しいものだ。

出る杭は打たれる国、日本

日々のつぶやき 考え

 

この国は同調圧力で満たされている

 

どうもShoです。

先日、岡本太郎著"自分の中に毒を持て”を読んで非常に感銘を受けたのですが、彼は本の中でこのように語っていました。

”日本は大きな<ムラ>である。”

なるほど!とつい思ってしまいました。確かにしっくりくる言葉です。

国全体でムラ社会の掟が成り立つ日本。出る杭は打たれます。

だから皆周りをみて、当たり障りのない行動をしたがります。

 

実際この国には”レール”が存在します。社会的な安泰へと繋がっている快速列車みたいなイメージで。

その”レール”、成功ルートから外れると終わりなんていうデマが若者の間で噂されたりしていました。ぼくが大学に通っていたころ、実際そんな話もありましたw

全くそんな事ないんですけどね。ただ知っている世界が狭すぎるだけなんです。

”レール”から外れたら人生終了だったら、世の中の成功している起業家やスポーツ選手をどう説明するんだよって話笑

 

そんなものあくまで架空に過ぎないのですが、たしかにここ日本において他人と違う事をすると、白い目で見られたり、大げさな反応される事があります。

ぼくのした”休学”なんて”大学生”という大人から甘やかされる社会的身分をキープしたまま時間を作るだけですから、そんな凄い事でもないです。

けれど、久しぶりに旧友と再会した時に、凄いね!とか、変わってるね!とか、就職大丈夫なの?とか矢継ぎ早に言われました。

同じ一年間なのに”浪人”や”留年”はなんて事ないみたいな風潮に関わらず。

 

どうして多くの日本人にとっては、良い大学に行って、良い会社に40年間勤めて、安定した老後を送るというプランが一番幸せだと思われているのでしょうね。

(江戸時代から続く風習や高度経済成長のための政府による植えつけなんですけどw)

 


諸行無常、物事は常に変わり続ける

 

正直、そんな幻想の幸せなんてオールドタイプに過ぎないです。

というかそんなものを信じている人は、周りの意見に流され自分の頭で考えていないので、安定を目指しているようで一番”不安定”。

時代は変わります。

AIやロボットの台頭で、ぼくたち人間の労働体系は大きく変わろうとしています。

日本においても、少子高齢化によって年金問題の絶対性が揺らぎつつあります。

そういった現実から目を反らし、まやかしの幸せ象安定した生活を追い続けても、結局不安定に陥ってしまうんですよ。

だからこそ、常に新しい情報をキャッチし、自分の頭で物事を考える必要があるのです。

 


自分で考えろ!

 

理想の幸せは個人によって違います。車、結婚、マイホーム、仕事、旅、趣味、家族。

人それぞれ大事なモノの一つや二つはありますよね?

それらのためにも、この激動の世の中を、自分の頭で考えて切り拓いていかなければなりません。

周りの意見に流され思考を止めてはいけないという事でもあります。

そして、絶対に同調圧力に負けず、出る杭として打たれる事を恐れてはならないのです。自分の意見や決断を持つ以上、そういったモノと対峙せざるをえないですから。

全ては本当の幸せのためです。

この大きなムラ社会の中で、人と違う事をするのは勇気が必要ですけど、自分の人生を誇れるよう日々を行きましょうね。

 

インドは人生が変わる国なんかじゃない!

 

インドに行けば人生が変わる説

 

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ごきげんようShoです。

今はコルカタの日本人宿サンタナでくつろぎながら記事を書いています。

長かったようで短かったインド一人旅も明日で終わり、今日と明日は旅の思い出を振り返りながらゆっくり過ごそうかと。

さて、今回のテーマは、3週間弱この国を旅して気付いた”インドは人生が変わる国なんかじゃない!”という事についてです。

 

行けば人生観や価値観が変わると言われているインド

 

旅に出る前にインドの治安や観光名所などの情報収集をしていた時、

”インドに行けば人生観が変わる!”とか

”インドは価値観の変わる国!”とか言われている事を知りました。

その点も踏まえて、今回旅に出た部分もあります。

 

路上を闊歩する牛、

 

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鳴りやまぬクラクションの音、

 

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騙して来たり、そこら中で寝たりと自由な人々、

 

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日本に住んでいる以上、想像もできない光景が日常となっている国です。

”面白くない訳がない!こんな刺激的な国に行けば、何か得られるモノがあるだろう。もしかしたら人生観が変わるかも!?”

なんて当初は思っていました。

こうしてLCCに飛び乗りインドの首都ニューデリーへと向かったのです。

 


価値観なんて大して変わらなかった、でも・・・

 

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そしてデリー、アグラ、バラナシ、ブッダガヤ、コルカタという順番で、北インドの5大都市を一人で放浪してきました。

初日からインド人の社長の家にアポなしで泊まったり、詐欺師にチャイを奢ってもらったり、お寺の宿坊で二日間過ごしたり。

日本ではする事の出来ないような、旅ならではの経験を沢山しました!

 

ですが、自分自身が変わったとは全く思いません。

勿論、人生観や価値観も。

 

大半の人にとっては、インドに行ったからといって急に人生が変わったり、旅が人生の転機になる事はないでしょう。

刺激的な経験は沢山出来ますけど笑

 

インドは決して”人生が変わる国”じゃありません。

そもそも、ぼくにしたって20年間生きているんですから、たった3週間で人生が変わってたまるかとも思いますしw

けれど、旅中のある日の事。

一日中重いバックパックを背負って歩き回り、とびきり辛いカレーを食べて、冷たいシャワーを浴び、ドミトリーの簡素なベッドに横たわった時、ある事を思いました。

この常識の通用しない国インドがどんな国であるのか、頭の中で突然気付いたのです。

 


インドは今後の人生を変えるチャンスをくれる国だった

 

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これが一番しっくりきます。

 

旅をする中で、多くのハプニングが発生しました。

夜行列車の9時間遅延や詐欺師にぼったくられそうになったり、大麻を買わされそうになったり。

そんな事が毎日起こり、帰っても水しか出ないシャワーと硬いベッドで疲れが溜まる一方、心身共にボロボロの時もありました。

まさに極限状態の中、日々を過ごしていました。デリーにいる時は、かなり情緒不安定だったかもw

けれど、そんな時にこそ”本当の自分”が出てくるのです。

極度に疲弊していても他人を気遣えるか、自分の事だけで精一杯になっていないか。

なんでもない日常の中でも、露店で売られている不衛生な食べ物は食べれるか、トイレの時素手で尻を拭けるか、ガンジス川に飛び込めるか。

インドに行って、本当の自分と向き合い、自分を確認する事が出来ました。

改めて、”自分ってこんな奴だったのか!”と知る事が出来ました。

 

また、先ほど挙げたような常識外れの光景が常に広がっています。

バラナシやガヤでは沢山の乞食も目にしました。

腕や足の太さがぼくの半分ほどしかない事に驚愕しました。

 

そしてなにより、インドには世界中から多様なバックグラウンドや考え方を持った人が集まります。

日中一緒に行動したり、夜ゲストハウスで酒を片手に語り合ったりもしました。

日本人でも、70歳のおじいちゃんだけど世界150ヵ国旅した事がある人や、世界一周中のカップル、ワーキングホリデー2ヵ国経験者など、まさに常識にとらわれないような人たちが沢山!

彼らと話す事が出来、とても貴重な経験となりました。

 

これら全部を含めて言える事とはなにか。

インドに行ったからといって、すぐに人生は変わりません。

でも、例えば世界一周をしている人と実際に話して、1年後には世界一周する事になるかもしれません。来月にはワーホリに行くかもしれないです。

結局個人次第なのです。投げやり感あるけど笑。

けれど、”インド”という国は、これからの人生を変えるためのチャンス(自分自身や人やモノとの出会い)を絶対にくれます。それを生かすも殺すも行く人次第です!

 


ぼくはこの旅をどう生かすのか

 

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2/2に晴れて帰国します。何度も言っている通りですが。

”常識通用のしない国で常識の通用しない人間になる”というのが今回の旅のテーマではありましたが、それが達成出来たとは全く思えません笑。

けれど少なくとも、常識外れに対しておおらかになれた気がします。

旅をするなら、寛容さと許す心がないとやっていけませんからね。

こうして得たモノがぼくの人生にどういった形で役立つのか、この旅に何の意味があったのか、現段階では分かりません。

そういった意味では、インドが与えてくれたチャンスを無駄にしてしまうのかなぁw

でもいつの日か、この国に来て良かったと思う時が来るのでしょう。ぼくはそう信じています。具体的には全く分かりませんが(何度目やねん)

 


悩んでいる人、人生の岐路に立っている人へ

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是非ともインドに行ってみてください笑

自分を確認するという意味でも、何かを得るためにも行く価値は大いにあります。

特に人生に悩んでいる人!何か得られるモノ、感じるモノがあるはずですので、欲しい人はインドに行く事を強くおすすめします!

プロブロガーは共感と情報をもたらしてこそ

日々のつぶやき 考え

 

 

プロブロガーは共感と情報をもたらしてこそ

 


 

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 どうもShoです。

インドのド田舎から更新します。

 

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このブログを開設してから早1ヶ月と1週間が経ちます。

時間の流れは速いものですね・・・。

日々試行錯誤しながら、軌道修正しながらも自分の書きたい事を書いてきました。

ブログは本当にやる価値があります。日々の自分の考えを言語化する事は整理にもなりますし、他人とのつながりのきっかけにもなりますので!

けれど、ぼくに”ブログで食っていく事”、”プロブロガー”は向いていないのかなーと思い始めました笑。

それは当ブログを運営していく内に、”プロブロガー”に最低限必要な2つの要素に気付いたからです。そしてぼく自身全然出来てないし、興味ないんです笑!

 


共感をもたらしてこそ

 

月間何万PVものアクセスを稼ぐブロガーになるためには、一般人からの人気を獲得する必要があります。そして人々に”共感”をもたらす事により、ブロガーの存在に親近感を持たせ、次第に毎回ブログにチェックするようになるのです。

はあちゅうさんなんかその代表格でしょう。彼女は大学生も社会人も経験していて多くの人と共通点がありながら、考えがいつも的を射ているイメージです。

考えだけでなく、文体をくだけさせる事、テーマの設定も大切なんだろうなぁ。

 


情報をもたらしてこそ

 

これは言わずもがな。”イケダハヤト”さんや”ちきりん”さんなど多くの人がこちらに当たります。というかほぼ全員じゃないか?第一線に立ってるブロガーは総じて情報のキャッチが早い!

そこで得た情報を彼らなりに解釈し、噛み砕いて説明するのです。

一般の人たちからすれば、気になる情報やニュースを気軽に知る事が出来るので、ハマってしまえばお金を払ってでも読もうとします。

そうなってしまえば固定PVの獲得です。

 


プロブロガーは立派な仕事

 

ノマドワーカー”だの、”場所にとらわれず働く”だのといった仕事が人気を博しつつあります。”Youtuber"なんかもネット社会の恩恵を授かった新たな形の職業ですね。

その一方で、”遊んでるだけじゃないか!”とか、”それが仕事なの?”とか、”お金は汗水垂らして稼ぐものだ!”など従来の考え方に固執した批判が後を絶ちません。

時代は変わります。常識も常に変わります。今や技術の革新が目まぐるしいので尋常じゃないスピードで。

だからこそ”プロブロガー”も立派な職業の一つ。それも今前線で活躍しているブロガーは、勇気を出して変化を受け入れ、新たな仕事を生み出した人達です。むしろ尊敬に値します。

かといって”ブログで稼ぐ”のは決して簡単ではありません。お小遣い程度ならともかく、広告収入で月収20万を稼ぐのにはそれ相応の努力と才能が必要です。

稼ぐためにはPV数が必要ですし、そのためには”共感”と”情報”をもたらす必要があるのです。読んでもらうためには、お客さんを意識する必要があるんですよね。当たり前だけど。

それをぼくは出来るかなー笑?

でもブログの執筆はメリットしかないですし、”稼ぐ事”だけにとらわれず続けていこうと思いますー!

”死”を意識する重要性

日々のつぶやき 考え

日本の社会・慣習の中では”死”をタブーとしている部分があります。

危篤の患者は病院で隔離されるし、葬式での火葬の際遺体は棺桶に入れられて見えなくするし。

そんなわけで、ぼくは祖父が亡くなってから約15年間、死体を目にする機会がありませんでした。

だから”死”について深く考えた事も今までありません。というか具体的なイメージが浮かばないのです。死んだら天国に行くのかなーとか、科学的には心拍が機能しないから”無”になるのかなー、とか漠然に思っていました。

 

けれど今回インドのバラナシにある火葬場”マカーニカル・ガート”に行き、火葬の一連の流れを目の当たりにし、”死”について考える機会がありました。正しくは、自ら機会を設けました。これからの人生生きていく上で、必ず考えておくべき事であると本能で思ったからです。

火葬場のレポート及びインド旅行記は帰国してからどっしり腰を据えて書くつもりなので、今回は”死”を意識する重要性について考えようかと。

 

今の20代の若者の半数以上は、医療技術の発達により120歳まで生きると言われています。遥か昔は平均寿命が40、50代くらいだったので、当時からすると考えられない事です。

ですが、これだけ技術が発展しても、

生きている限り人間には必ず”死”が訪れます。

当然ですけど、避けられない事です。

だからこそ、今の”生”の有難みに気付きより充実させるためにも、”死”を理解し常に意識する重要性は大いにあるかと考えます。

 

日本に住んでいる限り、日常において”死”に触れる機会はあまりありません。車に引かれた猫や飼育放棄で餓死する金魚とかじゃなく、人間の”死”の事を指しています。

ある種タブーとされている部分もあるのではないですかね。

一方で、古代ローマでは死を皮肉ったことわざが彫ってる墓石が沢山あります。

インドでも、死体を聖なる炎で焼きガンジス川へと還す行為は聖なる儀式なんだそう。

それぞれやり方も違えば考え方も違いますが、少なくとも日本のように”死”をタブーとして、ネガティブなモノとして捉えていない事は明白です。

 

今回ぼくはインドのバラナシを訪れて、人が聖なるシヴァの炎によって灰になり、この世界から完全に消えてしまうまでの三時間を見届ける中で、初めて”死”について意識するようになりました。”死”がよりリアルになり、具体性を帯びたのです。

 

思った事は沢山あったけれど、一番強く感じたのは

たとえ80年必死に生きたとしても、たった3時間でこの世から跡形もなく消えてしまうんだ。”

って事。

 

凄く恐ろしい話です。でも実際にぼくはこの目で確認しました。いや、3時間もかからなかったです正直。

”人は必ず死ぬ。”

そんな事は誰だって知っている、当然自分も知っているつもりでした。

が、今回の経験によって、本当の意味で理解しました。

今までのような緊張感の欠ける形だけの理解でなく、心の底から。

 

人間の最期を見た事があるというのは、非常に貴重な経験です。こうしてバラナシに足を運ぶ事ができて良かった!

けれど同時に底知れぬ恐怖も植えつけられました。知ってしまったが故に恐ろしくもあります。

 

が、”死”を畏怖するのではなく、認めて、受け入れて、自分なりの解釈をする事で恐怖を克服出来るのではないでしょうか。

”死”を意識する事で、恐怖によって身動き取れなくなるのを避けるために、より”生”を充実させる事が出来るかもしれません。

”死”を意識する事で、人間皆いずれは死ぬのですから、周りの人間に優しく出来るようになるかもしれません。

未知のモノが迫ってくる怖さはあるけれど、意識の仕方、解釈を帰れば、相反する”生”に対してに働いてくれると考えます。

 

そういった面で、”死”を意識する事は生きていく上で重要です。

やがて迎えなくてはならないモノを受け入れ、理解し、自分なりに落ち着ける事で、得られるモノ(新たな価値観、”生”への緊張感など)があるでしょう。

なにもインドのバラナシに来い!と言っているわけではありません。

少し頭の片隅に入れておくのもいいですし、ネットで少し調べてみるのもいいでしょう。必ず何らかの形で”生”の役に立ちますから。

なにより、これからの日本は少子高齢化から打って変わって、団塊世代の大量死時代を迎えるわけです。今までとは比べものにならない数の”死”を経験するのです。

それも踏まえて、是非とも”死”を意識する重要性について一考してもらいたいのです。

大卒であるメリット、大学に行く意味が薄れてきてる件について

考え 日々のつぶやき

どうもShoです。

半年間の休学期間も今年の4月で終わりを迎えるという事で、またもや色々な事を考え始めいます。

一番の悩み事は、大学に行く意味はあるのか?という事。

 

日本では、多くの人が高校を卒業すると同時に大学進学をします。学習意欲、やりたい事の有無に問わず、とりあえず大学に入るという風潮があります。

残念な事にぼくもその内の一人だったわけで、大学に入学して無生産な日々を過ごしていく内に、徐々にですが自分の頭で物事を考えるようになりました。

そこで今回は現代における大卒のメリットや大学へ行く意味について考えます。

 

現代は大学全入時代と呼ばれていて、高校卒業と同時に大学へ入学する事が当たり前になっています。

けれど現状は散々なモノで、生徒は授業中スマホに夢中になっているし、教授はまるで教えるやる気がないし、授業内容も半年間かけてだらだらと一冊の本の解説をするだけ。そんな最高学府(笑)に年間何百万も支払っているわけですから、可笑しな話ですよね。

そんな既得権益に授業料を支払うため奨学金という名の借金を軽々しく背負い、中退や卒業後も返済に苦しむというのも珍しいケースではありません。

 

ぼくは留学や旅をする中で、沢山の人と出逢った中で、実に多様な価値観に触れました。型にとらわれない生き方を知りました。自分の力で生きていける可能性を感じました。

皆と同じように大学に通って、皆と同じように4年間中途半端に楽しんで、皆と同じように就活をする。

ぼくはそんな大学生活に、人生に1ミリも魅力を感じません。

そこにあなたの意志や意見、考えはありますか?

本気で人生を送ってると言えますか?

 

それに今の時代”ネット”があります。世界中のどこに居たって誰とでもコンタクトを取れる時代です。資本金がなくてもビジネスを始められる時代です。

もし学問に興味があるのなら、ネット上にいくらでも文献や論文は公表されています。

必ずしも非効率な大学に通う必要なんてないんです。

 

ここまでボロクソに言って来ましたが、ただ一つ懸念がありまして・・・笑。

もし海外就職をするとなった場合、大卒資格が必要になるケースが多いみたいです。

日本では”入るのは難しく、出るのは簡単”と言われてますが、海外は真逆なので大卒のメリットはあるそうですね。

あくまで雇われる側としての大卒のメリットです。

海外就職の時に必須。

 

けれど基本的には大学へ通う意味はほぼないように思えます。

 出会いの場、知見を広げる場、興味を発見する場としての価値はあるかもしれませんが、コスパや時間対効果を考えるとムダでしかないですね。

ここまで読んで同意した方も、イラッと来た方も、改めて大学へ行く意味を考えてみてはいかがですか?

更なる学問へのモチベーションに繋がるかもしれないし、休学や中退のきっかけになるかもしれないので笑

一切の責任は負いませんが、一考の価値ありです。

 

追記

 

休学期間も終わり、いよいよ復学するか休学を延長するか迷っている時に生じた疑問について書いてみました。

こうして言語化してまとめてみても、あまり大学に行く意味を感じませんねw

おそらく休学期間を延長してベンチャー企業インターンを始めると思います。

(ここで思い切って中退出来ず大学という保険にすがっているので、まだまだ自分も甘いと感じます笑)

この一年間は自分で生きていく力をつけるため試行錯誤します。情報収集も欠かさずにして、IT学習もペースを上げていこうこと。

とにかく目の前のやりたい事に常に全力で取り組むだけですね。至ってシンプル。

このまま継続してまた新しい何かが見えてきたらいいなぁ。

最早価値のない大学と分かっている大学を、すっと辞める勇気がない自分が不甲斐ないものですね。

 

 

 

 

インドから2/2に帰国!しばらく旅はお休み!(たぶん)

インド一人旅から帰ります!

 

こんにちは。お久しぶりです。

只今、インドのブッダガヤにある宿坊にてブログを書いています。

 

突然ですが、2/2に帰国する事にしました!

 

予定していた2/12より一週間近く早めに!

というのも、この旅を通して得たかったモノを得る事が出来て、出発前に立てた4つの目標も達成出来たからなんですよね。

今回はぼくがこの2週間ちょいの旅を通して何を得られたのか、この常識の通用しない国で何を感じたかを書いていきます。

まずは事前に立てた目標と絡めてまとめてみましょう。

 


”旅したい欲の解消”

この2週間、毎日刺激的でした。いや、刺激的過ぎて自分のキャパシティや想像を超える出来事が多すぎでした。もう旅はしばらくお休みかなーって感じ。

 

牛。

神聖な動物なのに皆暴力加えまくってる。

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犬。

こんなやる気のない姿初めて見た。

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人。

いや店員働けや。

 

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電車。

9時間遅れで到着しおった。

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なんなんこの国?って何度も思いました。イライラする事も実際ありました。

居心地悪かったり嫌な感じがするわけじゃないけど、精神的な疲労が溜まってしまったので、旅欲は今はほぼありません。インドを選んで正解だったかな、色々な意味で。

 


”死を感じるため”

 

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大学の講義にて存在を知ったバラナシの火葬場”マニカルニカー・ガート”へと、ついに足を運ぶ事が出来ました。

写真撮影は厳禁だったけれど、いくつか許可を頂いてカメラに収めました。

とりあえず一枚。”シヴァの炎”。この小さな火種を使って、全ての火葬は今まで行われてきたそうな。

 

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ぼくが幼い頃に亡くなった祖父の葬式以来、人生で”死”を目の当たりにした事はありません。眠っているかのような安らかな顔の老人が聖なる炎に包まれている姿を、完全に灰になるまでの約3時間を見届ける中で、沢山の気付きがありました。

一番強く感じたのは、”死”という絶対的なモノを畏怖しないために、より”生”を全力で充実させる必要があるという事です。

形あるモノはなくなるし、たとえ80年間生きたとしてもたった3時間でこの世から跡形もなく消えてしまいます。こればかりは避けられない事です。

それでも、ぼくたち人間は全力で生きねばならない。

そんな風に感じました。

興味本位ではありましたが、人間の最期を見た事があるというのは、これからの人生においても貴重な経験になるのでは、と思います。

 

火葬場についての詳しい記事も追々書くつもりです。

 


”マインドフルネスに興味があるから”

 

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(あら、タイミング悪く半目。)

 

仏教の禅に通づるモノがある今流行りの”マインドフルネス”。

簡単に”今という瞬間を全力で生きる事こそ至上”という考え方です。

 

前から興味があったので、インドの寺を訪問しようとぼんやり考えていましたが、結局行かずじまい。

けれど宗教の違いの問わず、インド人の生活には”マインドフルネス”的なスタイルが根付いていると、日々感じていました。

”今日の生活を考えるだけで精一杯”

”明日や将来の事を考える余裕がない”

理由は上記のようなモノかもしれませんが、結果的に”今”を生きているので、ぼくたち日本人にとって見習うべき事が沢山あります。

おそらくぼくたち先進国の人間は経済的な余裕がある程度あるからこそ、未来に対して漠然とした不安を抱いたりして、時に”今”を疎かにしてしまうのでしょうね。

 

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旅先で出会ったインド人曰く、

”毎日友達と話せて、お酒を飲めて、ベッドで寝られれば幸せ!”

だとか。

凄くシンプルだけれど、今まで数え切れないほどのモノに溢れていて見落としていた何かに気付いた、そんな感覚でした。

あの時気付いたモノを、感じた気持ちを、帰国してからも忘れないようにしたいなぁ。

 


”カレーが好きだから”

 

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ぼくは間違ってた・・・。

”カレー”が好きなんじゃない。

”カレーライス”が好きなんだ。

というか辛い食べ物苦手だし、インドのカレー食べたせいで下痢になったり・・・。

誰か日本に帰ったら”カレーライス”食べましょね。

 


総括

最期まで行くか悩んで、悩んで、悩んだ末に出たインド一人旅でした。

 

冬場の冷水シャワーで絶叫したり、

 

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何度か体調を崩したり、

 

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ぼったくろうとしてくるインド人にうんざりしたり。

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そんな日々の中で、心優しいインド人と出会ったり、

 

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今まで見たことのない景色に心動かされたり、

 

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深く考えさせられたりもしました。

 

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結論として、行って良かった。

 

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やはり、およそ全ての選択には意味があるのです。

この考え方は絶対に合っています。あるいはぼく自身が肯定し続ける事によって、何らかの意味づけをしているのでしょうか。

今では然るべきタイミングに旅へ出る事が出来て満足しています。途中で帰国するというハプニングも含めて後悔していません。

またこの国に来るかは分からないけれど、次にインドに来た時は今回の旅の続きのダージリンとラージャスタン地方を攻めてみようかと!

ありがとうインド!また会おう!

 


今後について

 

間もなく帰国するのに加え、長かった休学期間ももうじき終わりを迎えるので、また色々と今後について考え始めました。

 休学を延長するもしくは大学をやめるなんて事も選択肢の一つとしてあります。

先行きはまだ分からないけれど、この旅を経て言える事はただ一つ。

”常に今を全力で生きる”

これに尽きます。

これからプログラミングのスクールに通い始めたり、ベンチャー企業インターンする事になるでしょう。

とにかく常に今を、一瞬一瞬に全力を注ぐ事だけは怠らないようにするつもりです。

今回の旅は、今後の人生における指標を得る事が出来たという点でも、意味のあるチャレンジでした。

この先も今まで通り沢山挑戦していくのでよろしくお願いします!

ではまた!いい笑顔でさよなら!

 

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